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ブログ作者: IOGKFの門下生であり、この道を探求するための備忘録と考察として内容を残していくものである。

東恩納寛量(ひがおんなかんりょう)先生は、1853年3月10日(日本年号嘉永6年)に那覇市西村で誕生しました。この年は、ペリー提督が米艦3隻を率いて来琉するなど、歴史的な激動の時代でした。
東恩納家は下級士族で、父・寛用は山原船(やんばるせん)という船の船主でした。寛量先生は四男として生まれ、幼い頃からこの家業を手伝っていました。10歳で山原船に乗り、荷物の運搬をこなす中で、自然と足腰と腕力が鍛えられ、人並み以上の力と運動神経を身につけていったのです。この少年時代の労働経験が、後の並外れた強さの基礎となりました。
【考察】 同じ剛柔流の門下生として、寛量先生のこの少年時代のエピソードはとても興味深いですね。先生は特別な道場で稽古を始めたわけではなく、日々の生活、それも家業の手伝いという肉体労働から身体能力を養っていった。私たちの稽古でも、立ち方や運足、型の反復を通して足腰を鍛えますが、これは当時の先生が日々の仕事で自然と身につけた身体の使い方が、剛柔流の基本技術に通じているということなのかもしれませんです。現代の私たちは、先生が身につけた身体の強さを、意図的に稽古で作り上げていく必要があると感じます。
参考文献: 剛柔流空手道史 著者:東恩納盛男 監修:宮城安一