<ブログ作者> IOGKFの門下生であり、この道を探求するための備忘録と考察として内容を残していくものである。

父・寛用の仕事を通じて、寛量先生は中国と沖縄を行き来する様々な人々と交流する機会を得ました。特に、福州で中国武術を修めて帰国した人々や、学問を修めた留学生たちとの交流から、中国武術の奥深さや素晴らしさを知るようになります。
そんな折、寛量先生が14〜15歳の頃に父が突然亡くなります。この厳しい現実を前に、「精神的にも体力的にも強くならなければ、この世の中を生き抜くのは難しい」と決意します。そして、久米村に住む福建省南派小林拳の達人の話に感銘を受け、中国へ渡ることを決意したのでした。
【考察】 父の死が、先生の人生の大きな転機になったことがわかります。14歳や15歳という若さで、武術を学ぶために中国へ渡るという決断を下した先生の強い意志には驚かされます。私たちも、道場に入門するきっかけはそれぞれ違うと思いますが、「強くなりたい」という思いは共通しているはずです。先生のこの強い意志が、14年にも及ぶ厳しい修行をやり抜く原動力になったのだと考えると、改めて「空手を学ぶ」という決意の重さを感じます。
参考文献: 剛柔流空手道史 著者:東恩納盛男 監修:宮城安一